闘病記 - アルコール依存症 その克服を見守った家族の手記



アルコール依存症は、回りの者ですら、気づくまでに、時間がかかります。

どこまでが症状でどこからが普通の飲酒なのかの線引きが難しい。


最初、「おかしいな」と感づいたのは、
朝から平気で缶ビールやチューハイを飲んでいるのを目の当たりにしたとき。


そのときはボクは、酒は夜に飲むものという固定概念があるゆえ、真っ昼間からアルコールを摂取なんてことが前代未聞のことでした。


でもうちのヨメは、まだつきあう前から、ずっとこんな感じで平気でコンビニで酒を買ってはその場で飲んでいました。
そしてボクは酒を飲みません。だから、それが恥ずかしくて、近くにいられなかった。


でも、当時はそれほどの危機感は持っていませんでした。こんなもんだ、そう思っていました。いいきかせていた部分もあると思います。


それから結婚して、毎日毎朝、コンビニへいっては酒を買って飲んでいました。
当時の住居は人口5,000人いるかいないかの田舎で、こういうローカルな町ってのは、噂とか世間話、いわゆる井戸端会議てきなもの、こういうたぐいのものはあっという間に広がります。


うちのヨメの「朝から駅前コンビニで酒」も、あっという間に広がりました。
そして近所の人から「あんたんとこの奥さん、大丈夫?」といわれるまでになり、初めて、「このままじゃまずいんなじゃないかな」と感じるようになりました。


でも、病院へ連れて行くとか、そういうとこまでには、まだ至ってませんでした。私が気づくのが遅れたのも、これが病気である、アルコール依存症である、という認識がなかったのです。

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朝から飲酒、これが毎日つづきました

朝、コンビニで500mlを2缶、これが毎日。


ことのはじまり、それは、結婚して新しい住居にて新生活がはじまってから、それがすべて。


とにかく何もないどイナカで、ヨメの実家は徒歩でコンビニも100円ショップも大型スーパーもレンタルビデオ店もマクドナルドも書店もすべて行けたから、
それがすべてなくなってしまったことに対する、やることのなさ。


結婚前からすでに、朝とかに500mlの缶をやすやすと1本あけているのをみてめちゃ引いていましたが、結婚後それが一気にペースアップしてしまい、要するに名イナカ暮らしに対するストレスから飲酒に走るようになってしまいました。


僕の仕事は当時夜勤専門なので、19:30に出発して翌朝7:30に帰宅します。朝帰ってきたらすでにできあがってしまっていて、ずっと寝たまま夕方まで過ごすことになったり、帰宅したら家に不在ですでに駅前のお店まで買いに走っているなと察知できるときもありました。


事実買いにいってたみたいで、こともあろうかそのまま駅の待合い席で朝からグビグビとやっていたようで。
イナカって、人のうわさなんかあっという間羅広がるから、○○さんちの奥さん、朝からビールガンガン駅で飲んでてねなんて話めぐりめぐって簡単に僕のとこまで伝わってきます。それで知りました。


引っ越してからおよそ1年は、こんな毎日がつづいていました。
僕はなんとかヨメの酒癖をなおすべく、酒の飲み過ぎで死んだ人の話や真昼の飲酒がどんなにはずかしいかを説明したり、いろいろ試みました。  が、すべてダメでした。


ヨメの飲酒欲求にはまったく歯が立ちませんでした。


そんな状態をずっと放置というか容認してしまった僕もいけないのですが、他に方法がなくしかたなくずるずるとこんな毎日がつづきました。


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僕自身もだんだんいらついてきました

どんなに注意しても、 何度注意してもいうことをきかない。


人間って、
同じ事を何度いってもわかってくれないときって、
めっちゃ腹立ちますよね。


ヨメの飲酒って、どんなにやめろといってもやめてくれないし、こんなかっこわるくてはずかしいこと、ぜったいしないでくれっていったって、絶対にやめようとしない。


しまいに僕にも、ヨメの飲酒に大して怒りの方が強烈にでてくるようになりました。


たとえば親切な人が僕に連絡をくれて、「駅でふらふらになっているから向かえにいってあげては」て、連絡をくれたりするのですが「酒飲みの相手なんかしてられるほどヒマじゃない」といいきって、いかなかったり、部屋でいるときに、ふらついて戸棚に体当たりし倒れて落下物でケガをしてても「知るか!」といって相手にしなかったり。


ほんとに、いいかげんにしてほしかった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、恐怖を与えるぐらい怒り狂ったのに、それでも効果なかった。
翌朝には酒を買いにはしっていた。


もうひとつ、よけいな問題が増えました。
向かいの家の人が、うちの家庭の事を嘲笑しだしたのです。
80歳ぐらいのババあですが、これがまた陰湿で卑劣で、ちょっと前に一騒動になった引っ越しオバサンの、陰湿版って感じ。


これにヨメも怒り、何回かどなりこんで警察沙汰にすらなったぐらい。
困ったのは、それがもとでますます飲酒の度量が激化したこと。
もうここにはいられないと、判断しました。
引っ越し、それも、こまのどイナカじゃない、もっといぎやかで便利な街へ移転することにしました。


これにより、ちょっとは酒の量も減るかな、と、期待も抱いて。


しかしその期待は裏切られることになります。

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