ついに怒りが爆発しました - アルコール依存症 その克服を見守った家族の手記



ついに怒りが爆発しました

累計すると、
ヨメ飲酒により酒代として消滅していった金額は、
300万円を越えていました。


給料はすべて自分が管理し、食品などの買い物のときにだけお金を渡すようにしてはいるのですが、その金から酒代にあてていたようで。


飲む種類もチューハイにとどまらず、
ワンカップ日本酒、発泡酒とふえていきました。
とくに多かったのが柑橘系のチューハイで、かなり頭に来ていた僕はそのCMがテレビに流れるとチャンネルを変えていました。怒りがはげしいときはモニター画面をなぐっていました。


その当時に撮影した写真が、3枚だけあります。
これは、やらせでも合成でもロケでもありません。
自分がどんな状態になっているかをみせてやろうと、怒りを押し殺してありのままの姿を撮影した3枚です。
本人にはないしょ で公開します。


PA250004.JPG
毎日こんな状態。
目はうつろ、ずっとうなだれていて、鬱病患者のようにうつむいたまま。でも右手には缶がしっかりにぎられている。
部屋も荒れたままで、片付けるということをしない。
ならべられた空き缶、これが当日1日だけで飲み干されたものです。


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そのまま体勢をくずし、たおれこんだところ。


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それでも酒は離さず、横たわったまま、飲酒をつづけているところ。



こんな毎日。



ある日ついに怒りが爆発しました。
ヨメが、お金ちょうだい、と、僕に言ってきました。
今日に始まったことではないのであげられないと返事すると、キャッシングして買いにいってくるからいいといわれ、
そうまでして酒が欲しいのかと、玄関を出ようとするヨメの服を捕まえて、
そのまま蹴り倒しました。


そして、加減はしましたが蹴りをを2発いれました。
ヨメに対する初の、そして唯一の暴力でした。


そしてそのまま胸ぐらをつかんで引き起こし、そのまま別の部屋のベッドへ投げ倒しました。
ヨメはそのまま寝てしまいました。


もうガマンの限界。 実家へ電話を入れました。
「もう限界です。明日にでも向かえにきてください!  無理です!」


離婚するつもりでいました。
こんな日が毎日つづくなら一人の方がまだましだと。


次の日、実家の両親がきました。
ヨメは起きたすぐで酒は抜けている状態でした。


すべてを話し、膨大な空き缶の量をみせ、自分の正直な気持ち、無理だと一言、いいました。


両親は、医療費は全額こっちで負担するから、実家へ返す前にまず病院へ連れて行ってみてはどうかということで話がまとまりました。


日程を決め、精神科で入院病棟のある病院へ、いくことになりました。


NEXT 即答でした。「アルコール依存症」 その日に入院が決まりました。>


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